ファミリークルージング

1997年10月号 海の法規と知識 第28回
「水ぎわ日記」より一部抜粋

中山隆一郎 著

 

 自分で申し上げるのも恥ずかしいが、私は家族のふれあいを大切にしている。家族が皆で協力する場は数多くあるが、新鮮な気持ちで自然とふれあい感動を得るにはアウトドアーに限る。
わが家の場合は主にキャンプとクルージングだ。
各々が分担でやらなければならないという責任を持つ意味でもキャンプとクルージングは大好きである。

クルージングの場合、出入港時は女房と私がロープワークを行い、子供たちは危険のない船内でおとなしくしているのが約束ごとだ。
その他にも約束ごとは多い。
例えば、
救命胴衣は必ず着用すること。
触ってはいけない箇所は絶対に触らない。
行ってはいけない場所には絶対に行かない。
手をポケットにいれていてはいけない。
立っているときは必ず何かにつかまる。
お父さんのいうことに口答えしてはいけない。
等々、これらのうち一つでも約束が守れなかったときにはもう船では遊ばないことにしている。
不思議なもので日頃と環境が違うせいか子供たちは約束ごとを忠実なまでに守っている。

悲しいけど船でクルージングしているときだけが唯一お父さんは偉い存在なのである。

 わが家は子供たちがまだ5才、3才と小さいこともあり、船が大きく揺れるような海域に行くことはなく、東京湾の最奥部の河川や運河を主たるホームグラウンドにしている。
私自身、船酔いには強いほうではないので静かなところをのんびり走るのが丁度よい。変化に乏しいがそれは大人の話しであり子供たちにとってみれば目に飛び込むものすべてが新鮮で、例え2時間や3時間のクルージングでもそこで得る情報量は想像を絶するほどのものだと思う。

 わが家の子供たちは波を見るのが大好きで、暇さえあれば船尾で航跡を眺めている。
水が泡立っていること、
船尾の周囲だけが他と違った波の形をしていること、
船が前に進んでいること、
航跡は次第に広がっていくこと、
デッキの下からゴウゴウと音がすること、
走っているときは船が振動していること
等々すべてが不思議でならないようだ。子供たちの潜在意識にはなかったものばかりが次から次へと脳裏に焼き付き、自分たちなりに解答を見つけようとしている。大人と違い、子供たちにとって演出は無用だ。船に乗って走っていること自体が最高の演出なのだ。

 日が暮れるころになるとアンカーをして食事をとるのがわが家のクルージングメニューである。
静かにたたずむ海域で予め買い出しておいた惣菜を皿に盛り付ける。これは子供たちの仕事だ。
のんびり食事をとりながら会話を交す。家族みんなで歌まで歌ってしまう。いつもと同じ顔触れでもここは海の上、話題も豊富でいつになく食事もうまい。

 わが家の子供たちの名前は渚と航太郎。
 始めて船遊びをしたのは1才のころからで未だに飽きるという事がないようだ。
 親の勝手でつけた名前だが何か運命づけてしまったような気持ちがしないでもない。
 それが良いか悪いかはこれから結論がでるだろう。
 そしていつの日か私はこの子たちに伝えねばならないことがある。

 海は未だに人類が克服できない恐ろしいところであるということを。

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