公害の申し子

1997年11月号 海の法規と知識 第29回
「航海日誌」より一部抜粋

中山隆一郎 著

 

 かつての貨物船の船員時代に行った国数は17ケ国、寄港した回数にいたっては多すぎて忘れてしまった。

 その国、その海域ごとに良いところ悪いところを自分なりに余すところなく見てきたつもりだ。

 私は川崎生まれの川崎育ち、公害に侵されながら川崎ゼンソクの患者として成長し、自分自身そのものが公害の申し子だと思っている。
幼いころから工場の煙突から放出される煤煙ごしに貨物船を眺めて育ち、あの船に乗れば写真で見た綺麗な外国へ行けるのではないだろうかという思いが船乗りの道を志した第一歩だと思う。

誰もが幼児期に口ずさんだ「海にお船を浮かばせて、行ってみたいなよその国」という「海」の歌の一節の句を私はどれほど深く脳裏に焼き付けていたことだろうか。

 
 始めて太平洋の真ん中で見たマリンブルーの透き通る海の色を今でも忘れられない。そう、どんなに工業が発展しても、あの色彩をインクで模写することはできないだろう。360度見渡す限りの大海原で、行く末には素晴しい世界が待ち受けていると期待せずにはいられなかった。しかし、その期待は虚しくも崩れ去った。

 
 地中海、そしてギリシャ。誰しもが美しさと歴史の神秘に魅せられるところと考えるはずだ。しかし、私が入港したギリシャのボロス港はその潜在意識とは裏腹に、鼻をさす悪臭と茶黒い海が迎えてくれた。

かつてこれほどの悪臭を経験したことがない。
何かこう石油と生臭さが混ざったような感じで、それは港内の至るところで感じられる。私が訪れたのは観光地ではない。工業地帯だ。そうとは判っていてもそれなりの期待はしていた。

 その後、イギリス、フランス、ポルトガル、ドイツ、そして大西洋を渡ってカナダ、アメリカなど様々な国を巡って得たものは、工業地帯ならばどの国も環境汚染に例外はないという認識だ。
東京のそれと何ら変わりはない。

地球は想像していたよりも小さかった。

 
 平成4年の極寒の横浜港、日産自動車運搬船「ZAMA」を下船すると同時に私の外航船員としての幕は閉じた。そして今、私はオゾンや酸素の添加による水質再生プログラムの確立に全力を注いでいる。

皮肉にも工業の発展の代償として雨あがりの竹の子のようにスクスクと育った公害の申し子が、その公害を敵にまわしている。
 日本は恵まれた環境である。四季があり、常夏の珊瑚礁と流氷が同時に見られる世界でも類のない素晴しい国だ。
汚染された東京湾ですら伊豆諸島が目前にあり、伊豆諸島の海の美しさは太平洋の真ん中の美しさと何ら変わりない。
少なくとも海外の国々の人の目にはそう写っている。

 気付いていないのは日本人だけ。

 近すぎて見えないのかもしれない。

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