![]() | 我が道を行く1998年2月号 海の法規と知識 第33回 中山隆一郎 著 |
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私の問診カルテをここでいくつか紹介するので診断して頂きたい。
オケラスタイルこそ真道なり オケラとは金が無いことではなくヨットの船名である。艇の長さは50フィートもあり、かなり大きな分類に属するものだ。この艇でクルージングするなどさぞかし優雅に思えるだろうが、船名のごとく皆が揃いも揃って「オケラ」なのだ。 まずこの艇は自作であることから話しを始めよう。 世界で最高の造船技術を持つ?スキッパーS氏の建造は海図から始まる。海図は非常に厚くて丈夫なので、この海図の裏側に艇体のラフなデザインをフリーハンドで書く。無論、パソコンはおろか製図台すら使わないのがS氏の基本である。そして、書き終えた図面?を見ながら発砲スチロールでそれを真似て造る。まずは発砲スチロールで造った模型の出来上がりだ。 次に、艇のフレーム(横肋骨)を造るため、模型を等分に輪切りにする。輪切りにした切断面を紙に当てて縁に沿って輪郭を造る。つぎにこれを実際の寸法まで拡大し、フレームの型紙を造る。これでフレームの型の出来上がりだ。これまでに要する時間は1日に満たない。 出来上がったフレームの型紙と同じようにベニヤ板を切断し、キール(縦肋骨)と組み合わせれば、おおよそ艇のかたちになる。殆どプラモデルの次元のよう話しだが、実際にはそれらしく見えるものだ。もう気分は一流造船技術者兼デザイナーである。 以後は、FRPを張り合わせながら艇のかたちにし、最後の仕上げは根気よく表面を研磨しながら流線を描き、仕上げる。 こうやって自作の艇が出来上がるわけだ。これなら、30フィートだろうが50フィートだろうが材料費に大差はない。50フィートもあるような大型艇は即ち高級艇であると考えるのは「艇は買うもの」という悪しき固定概念ができているからに他ならない。 もう時効だからいってしまうが、建造後の検査が終わってからラダー(舵)を後方の正規の位置に付け替えて、艇の長さをごまかすような裏技?は、良くも悪くも法規や建造技術を心得た「オケラ」ならではの成せる技だ。 オケラの凄さは建造のみに止まらない。 あるときオケラに行ったとき、静かにたたずむ入り江で係留するオケラから空に向かって煙が立ち上がっており、すぐさま駆け寄り艇に乗り込み船内を見渡すと、「やあ、サンマを焼いているんだけど一緒に食べないか?」と話すS氏の笑顔。よく見れば船内にストーブが取り付けてある。このストーブは今の時代には珍しい、薪で炊いて暖まるものであり、いつのまにか天井にポッカリ穴が空いており煙突が船外に出ている。何でもスクラップ置き場に捨ててあったものを拾ってきて取り付けたらしい。 洋(わだつみ)で華麗に波を蹴って走る50フィートの大型高級艇、この艇の船内では皆が薪をくべながら暖をとっていることを知っている人は数少ない。 ところでこのストーブはなかなかの代物だ。艇の中央より少し前のデッキから、風呂釜に使われる煙突がちょこんと出ており、実に可愛らしい。船尾でステアリングを握っていると煙が目にしみるが、炭火焼きの焼き鳥や焼き魚が船上で食べられるのは嬉しい限りだ。 このオケラで私が学んだことは多い。艇がこんなに簡単にかつ楽しく自作できるとは知る由もなかった。そして、建造に使われた工具はすべてホームセンターで売ってあるようなものばかりでこと足りてしまう。更に小技も非常に多く、例えばデッキは滑らないように粒状に近い小石を塗料が乾かないうちに撒き、それが乾いたら更に上塗りし、これでノンスリップデッキは出来上がる。しかも塗料はトタン屋根用のものでも大丈夫。 オケラにとって、これはあれ用、それはこれ用などといった概念はない。あるものをどう工夫して使うかということを常に考えるのだ。こういったことは海というサバイバルフィールドで堂々と振る舞ううえで必ず必要なことではないだろうか。
貧しさは人を強くするとはよく云ったものだ。
マグロは残さず食べよう 私は丸々太ったマグロを見るとよだれが出てくる。私のような一流のマグラー(何だそれは?)ともなると、刺身のような一般大衆が喜ぶようなものには興味がない。 まずは初級からいくと、骨の間に取り残された中落ちあたりがよいだろう。これはスプーンで引っ掻くように削ぐと取り易い。ある程度たまったところで、これをタタキにして食べるのが一般的だ。この中落ちに、刻んだタマネギと擦った生姜を混ぜ合わせ、これに味噌、味の素を加える。刺身の赤身のうち、堅い筋があるようなものも中落ちと同様にスプーンで削ぐと筋がキレイに取れる。 次に中級だ。中級ともなると内臓に目を向けよう。心臓、胃袋、卵、白子と捨てるものなどない。心臓は、三角すいのような形をしており、その上にラッキョウのようなものがついている。実際、専門用語?でラッキョウと呼んでいるが、これは生で食べるのが一番で、海水で洗ったものをそのまま食べてしまおう。ほどよい塩分が格別な味を提供してくれる。口唇から口の中まで血で真っ赤になるが、その顔を鏡で見ながら興奮するのもいいだろう。 胃袋は一度裏返して表も裏もよく荒い、胃袋の外側は皮を剥いでしまおう。この皮の部分はグニョグニョといった感じで内側の部分はコリコリといった歯ごたえだ。これら内臓をすべて下洗いし、一口サイズに切り、煮てもよし、炒めてもよしといったところだ。 煮る場合は、海水と水を3:1の割合で混ぜ、これを沸かして先に登場した中落ちの骨を入れ、それに刻んだ具を加えて煮立たせる。これに軽く味噌を入れればOKだ。一方の炒める場合だが、海水でよくもみ洗いしたものをバター炒めし、ある程度炒めあがったところでキムチを加えるのが中なかよろしいお味だ。そして、食べるときに中骨は捨てずに髄液を吸おう。焼き鳥の串のようなもので突っつきながら食べる。これがツウだ。 最後に上級だが、上級者は頭を食べずにマグロを語ってはいけない。 まずはエラ蓋だが、エラ蓋は内側に小さな軟骨を思わせるようなものがある。これを専門用語?でパッキンと呼んでいるが、このパッキンを包丁の先のほうでキレイに削ぎ落とす。これは非常に美味なのだ。次にカマだ。カマは干してから焼くいわゆるカマ焼きが主流であるが、ツウは干したカマを煮てしまう。これにパッキンや目玉、頭のぶつ切りなどをすべて鍋に入れて煮る。このとき水は具がすべて浸かるか浸からないかといった程度に浸せばよい。そして、出来上がって食べる直前に目玉に箸を突き刺し、中をグルグルかき回す。出てきた汁を混ぜると鍋の汁全体に若干のトロミがでる。このトロミがうまみなのだ。また、目玉の周りについた肉のようなものが実は最高に旨いのだ。 これを読んで旨そうと思うか否かは賛否両論だろう。また、私は腹痛をおこしたことはないが、衛生上問題があるかどうかを本誌「救急マニュアル」の筆者である太田先生に伺ってみたい。 最後に海の料理の特長だが、海水は有効に使おう。勿論キレイな海水というのが前提だが、海水は程良い塩分があって実にいい味している。私の場合、海で捕れた魚貝類を生で食べるときは、海水を醤油がわりに使っていることが多い。 貧乏人の知恵かも知れない。 ところで最近のキャンパー達は高価な機材をズラリと並べ、まるで露天商を思わせるようなことばかりしているが、真のキャンプとは少し違うような気がするのだが、考えが可笑しいのは私のほうなのだろうか。いや、きっとそうだろう。
いろんな魚を味わい、楽しむ マグロに限らず、同じ要領でカジキも食べられる。胃袋は今いちだが、他は中なかよろしいお味だ。ただし、目玉が少し小さい。 カジキの場合、コレクションが多いのが特長だ。一般的にはツノがそうで、切ったツノを乾燥させてから飾り物や記念にする方は多い。このほかに、背ビレや尾ビレの骨も有効に利用できるのに捨ててしまっている方が実に多い。 カジキの背ビレや尾ビレの骨は非常に堅く、加工しだいで様々なものを作ることができる。私のコレクションを紹介すると、耳掻き、はんこ、ペーパーナイフがある。そのほかにもアイデア次第で様々なものを作ることができる。 まず簡単な要領を申し上げると、背ビレや尾ビレの骨はノコギリでないと切れないので十分に注意しながらキレイに切り、骨から皮や肉を落として水に漬ける。2〜3日してから水から取り出し、丁寧に残った肉片を取る。この時点ですでに肉片は腐っているので簡単に取り除くことができる。まずはこれで骨をキレイにする下準備は終わった。なお、2〜3日水に漬けておくのは、肉片を腐らせるためだけではなく、骨の油分を出す目的もあるのだ。 さて、いよいよ加工だ。この骨は非常に堅く、事務で使うようなカッターナイフでは無理だ。ランボーナイフ(サバイバルナイフといったほうがよいかも)のような刃の強いナイフでおおまかな荒削りをする。そして、ある程度の形に仕上がってから、大きめの作業用カッターナイフで細かい部分を丁寧に削る。最後に研磨だが、これは耐水ペーパーなどでもよいのだが、一番キレイに仕上げるためにはサメの皮に限る。サメの皮は実に丈夫で、目も細かく研磨には最高の代物だ。乾燥したものでも水に浸せばすぐに柔らかくなり、感触はセーム皮のような感じだ。入手方法は、自分で釣るか魚市場などで手に入れる他ないだろう。市販されているのは見たことがない。(ところで私の知る限りサメの皮は研磨材としては最高で耐久性も非常に高いと思う。水産加工場などで捨ててしまうサメの皮を干して紙ヤスリに代わる高級研磨材として販売してみれば結構いい商売になると思うのだがどうだろうか) こうして出来上がったものを十分に乾燥させるのだ。 自分で釣ったカジキの骨で作った自分だけの一品。中なかシャレてると思うのだがいかがだろうか。(ちなみに私は嬉しさのあまり、カジキの骨で作った耳掻きで耳を掻き過ぎて出血し大変な思いをしたことがある)
釣り竿は自分で作ったものに限る 私の永きに渡る趣味の一つに釣り竿作りがある。素材は竹が専門だ。もうかれこれ竿作りを始めてから20年近く経つが、本当に満足できた竿は未だに出来ていない。最近はカーボンロッドが主流で性能も非常によく、竹竿がすっかり影を潜めるようになったが、それが逆に自作の意識を高めさせるものだ。 竹の素材は九州産のものが非常に良いと云われ、私も好んでそれを使っている。加工は面倒だが、かたち、感触ともにオス竹と呼ばれるものが私は好きで、継ぎは印籠継ぎという印籠のような継ぎ方法で作っている。 自作の釣り竿のいいところは、まず、竿に非常に愛着が保てることと、竿が損傷しても気にならないことだ。通常、竿が折れれば捨てて新しいものに買い換えるのが一般的だと思う。それは、最近では竿が非常に安くなったことに加えて修理に出すのが面倒だからではないだろうか。日頃、竿を自作しているのであれば新しいものに買い換えるという選択はない。竿を買うことがないのだから当然だ。もし竿が折れたら修理するほかないのだが、それは思ったほど面倒なことではないのだ。そもそも自分で作ったものだからボキッと音の出た瞬間に、どこをどう直さなければといった方法が頭の中に浮かぶもので、これは竿を自作している者の強みでもある。 かつて私は、竿はどういった時にどのように折れるのかを何度か実験したことがある。非常に勿体ない気もしたがそれによって次の作品から飛躍的に完成度が高くなったのではと今でも信じている。
自分で作ったものは自分が一番よく知っている、ゆえに 不測の事態が起きたときに冷静でいられる人は、余裕があるのではなく知識があるからだと思う。そして、それは時として生命を助けることに繋がる可能性も秘めているのではないだろうか。 私自身も海と対等に対話ができるように、日々努力している最中です。 |
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