海のことば(Navigation)

1998年2月号 海の法規と知識 第35回
「海のことば(Navigation)」より一部抜粋

中山隆一郎 著

 

天測(てんそく)

 天測とは、天体の位置を測定することにより自身が地球上のどこにいるかを計測する手段であり、古くはコロンブスの時代から今日まで、欠かすことのできない航海術の基本である。

 現在においては自身の位置を求めるにはお馴染みのGPS(カーナビと同等品)がすっかり定着してしまったが、このGPSの歴史は未だ浅く、近年まで位置測定はその観測場所ごとに様々な手段の中から適切な方法で測定していた。
 この場合、GPSも含めて全てが電子機器の力に依存しているため、機器の故障や電力供給不能などの事態におちいったときには天測の知識がなければ航行不能となってしまう。このリスクは今日においても変わりはないので特に外洋を航海するヨットや客船、貨物船の航海者にとって天測は必要不可欠な航海術なのだ。

 天測をするためには大きく分類して3つの技能が要求される。

 1つは、夜空を見上げてどれが何という星かを識別判断する技能。次に各天体を六分儀(セクスタント)という測定儀を使って水平線から天体までの角度を正確に求める技能。最後に諸情報から自身の位置を計算により求める技能である。

 これら3つの技能のうち、どれか一つでも欠けていれば正確な位置測定はできないのだ。

 私の体験では、前述1つ目の「何という星かの判断」が一番難しくかつ容易に判断できるまでに相当の時間を費やしたものであった。

 都会の夜空ならば見える星も少なく、それゆえに識別も容易なのだが洋上ともなると周囲の光には影響されず、かつ空気も澄んでいることから満天の夜空の名の如く、無数に散りばめられた星が航海者を悩ませる。無数の星が散りばめられた満天の夜空を美しく思えるのは、天測に無関係な者か極めた者のみだ。これほど無情な教官は他にはない。
 どんなに沢山の星が見えていても、天測計算において計測に使える星は少数に限られる。具体的には惑星が4(金星、火星、木星、土星)、恒星が45である。その他、太陽や月も天測に使うことができる。
 これらを観測することにより位置を求めるのだが、その精度をより高くするためには交点となる線をどれだけ多く引くことができるかに言及される。つまり、同時にどれだけ多くの星を観測できるかがポイントなのだ。
 この時点で星の識別が容易に判断できなければ全くおはなしにならないということが何となく判って頂けるだろう。特に星は解説するまでもなく「夏の大三角形」「春の大曲線」といわれるように、観測する時間、季節、場所によって全く配置が異なるのでより混乱を招く。
 何の参考だかよく判らない気もするが、天測に用いられる恒星を一覧にまとめてみた。よくみるとギリシャ神話で見かける名が多い。また、船名や企業の商標などにも使われているものも多い。

天測計算用 星名一覧
polaris(ポラリス) pollux(ポルックス) sirius(シリウス)
kochab(コーカブ) α corona bor.(コロナ) β ceti(セチ)
dubhe(ツーベ) arcturus(アルクツルス) antares(アンタレス)
β cassiopeia(カシオペア) aldebaran(アルデバラン) σsagittarii(サジタリー)
merak(メラク) markab(マルカブ) fomalhaut(フォマルハウト)
alioth(アリオス) denebola(デネボラ) λscorpii(スコーピー)
schedir(シェダ) α ophiuchi(オフィウチ) canopus(カノプス)
mizar(ミザラ) regulus(レグルス) αpavonis(パボニス)
α persei(ペルセイ) altair(アルタイル) achernar(アカーナー)
benetnasch(ベネトナッシュ) betelgeuse(ベテルギウス) β crucis(クルシス)
capella(カペラ) bellatrix(ベラトリックス) β centauri(センタウリ)
deneb(デネブ) procyon(プロシオン) α centauri(センタウリ)
vega(ベガ) rigel(リゲル) αcrucis(クルシス)
castor(カストル) α hydrae(ハイドラ) αtrident austral(トライデントオーストラル)
alpheratz(アルフェラッツ) spica(スピカ) βcarinae(カリーナ)


位置測定装置

 技術の飛躍的な進歩によって、航海術も天測から電波による位置測定装置に変化していった。
 位置測定装置にも様々な種類があり、最近の主流は何といってもGPS(Global Positioning System)だが、その他にNNSS(Navy Navigation Satellite System)、ロラン(LORAN:Long Range Navigation)、オメガ(Omega)、デッカ(Decca)、方向探知器(Direction Finder)、そしてレーダー(Radar:Radio Detection And Ranging)などがある。

 GPSの運用が始まる以前は、NNSSがもっぱら主流であった。
 その他ロラン、オメガ、デッカ、そしてNNSSも含め、それぞれに長所や短所があり、観測位置や条件によって精度が異なるためこれら装置を一つの集中監視装置に組み込み、いずれか精度の高いものを表示する「ハイブリット航法装置」というものを取り入れた船もあったが、GPSという恐るべき精度の高い位置測定装置の登場により、他の全ての位置測定装置が瞬く間に不要のものとなってしまった。

 少なくとも私は外航船で航海していた頃にはGPSなど見たことも触ったこともない。今の航海士が実にうらやましく思える。そしてこんな素晴らしい機器がポケットマネーで買えてしまい、クルーザーにも取り付けられるような時代がくることをほんの10年前ですら誰しもが予想だにしなかっただろう。

 自動車に取り付けられる「カーナビ」にいたってはもう言葉がでない程の驚きである。


レーダー(RADAR)

 レーダーはパルス波と呼ばれる電波を送信し、目標物から反射して帰ってくるまでの時間を測定し、目標物までの距離と方位を知るものである。

 レーダーは昭和11年(1936)にドイツの戦艦「シュペー」とイギリスの巡洋艦に始めて搭載されたのは有名な話しだが、いずれも精度の面で問題も多かった。ところが、昭和15年(1940)にはマグネトロンの発明によりその性能が飛躍的に向上した。

 レーダーが海戦で使われるようになったのは、昭和16年(1941)にドイツの戦艦「ビスマルク」がイギリスの駆逐艦に対して夜間射撃を行ったのが最初であるといわれており、日本に関係あるものとしてはアメリカが昭和17年(1942)11月11日の夜にサボ島沖を航行中の日本艦隊に対して行った攻撃が始めてだ。日本艦隊はアメリカ艦隊を8海里にて確認し接近していたところ、突然アメリカ艦隊は砲撃を開始し、第1弾目から命中した。これまで日本海軍は夜戦を得意とし多くの戦果をあげてきたがアメリカのレーダーを利用した無照射砲撃によりその後の戦争に大きな影響を与えた。

 戦後、このレーダー技術は広く一般船舶にも利用され、航海の安全に大きな貢献をした。

 レーダーの目的は自分の船の位置を求めるのに使うのみならず、ブイをはじめとする様々な障害物の発見、他の船舶の動向を把握するなど多用途に用いられる。
 大型船用のレーダーでは様々な機能が加わり、代表的なものでARPA(衝突予防援助装置、通称「アルパ」という)と呼ばれるものがあり、これには他の船の動きを自動的に演算し、針路、速力、自分の船と最も接近する時間、距離などをそれぞれの船ごとに求めて表示する機能がある。

 私が以前アイルランドのダブリン港に入港するときにタバコをくわえながらARPAを操作していたところ、モニター画面にタバコの灰のほんのひとかけらが落ち、画面タッチ式のARPAは突然誤動作を起こして苦い経験をしたことがある。以来、私は高度な航海計器を好んで使わないようになってしまった。


どんなに技術が進歩しても

 位置測定にはその手段ごとに長所や短所があり、それを補いながらより正確な位置を求め、経済的かつ安全な航海をし、それがこれまでの航海者の技能というものであったが、GPSの恐るべき精度が航海術といものを随分かえてしまったことだろう。

 また、先述の高性能レーダーやARPAもその一助をなしている。様々な機器を縦横に駆使することにより、安全性は飛躍的に確保されたと思う。

 

 ただし、全てが正常に稼働しているという大前提のもとにだ。

 

 先にも触れたように、タバコの灰のひとかけらが正常な機能を全て奪ってしまうことだってある。
ならばタバコを吸うのをやめれば解決するのかといえば、そんなことはない。
電力が絶たれれば、水に濡れれば、故障すればなどと正常な機能が奪われる要因は数限りない。

所詮は機械なのだ。

 一度もやいを離して陸を離れたら、船長に求められるものはオプション(選択肢)だ。これがダメならあれ、あれがダメならこれと、あらゆる手段を尽くすことができるためのオプションを持つことが大切なのだ。

それを「知識」と云う人もいれば「経験」と云う人もいる。

 結果的に人命を守れればよい。

 人命を守るためにはどうしたらよいかと常に考えていさえすれば知識や経験は後からついてくるのではないだろうか。

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