タイタニック

1998年2月号 海の法規と知識 第36回
「タイタニック  〜船が浮く理由、沈む理由」より一部抜粋

中山隆一郎 著

 

 最近話題を独占した映画といえばやはり「タイタニック」。日頃から潮の香りが鼻についているBoaty Field 読者のこと、興味をひかずにはいられないでしょう。

 今回は解説も理解も簡単そうで難しい、船が浮く理由と沈む理由について述べたいと思います。なお、力学的な専門分野を交えての解説なので読み苦しい部分が多少あるかも知れませんので予め申し添えます。


 船はなぜ浮くのだろうか?

 例えば船の材質が「木」ならば水よりも浮力があるという一点において説明も容易にできる。ところが船の材質は鋼、アルミ、強化プラスチック、チタンなど多種多様であり、いずれにおいても水に対する比重が重いことは申し上げるまでもない。勿論、木だって水より比重の重いものが沢山ある。

 ではなぜ船は沈まないのか?

 それは船の浮力が重力を上回るからだ。洗面器で例えると解りやすい。

 お風呂で洗面器を湯面にのせると浮かぶのは当然のこと。そこで洗面器を上から押し沈めてみよう。ある程度の力を加えなければなかなか沈まない。それでは、洗面器の端を押してひっくり返すようにしてみよう。水が流入していとも簡単に沈む。

 これが船なのだ。

 浮力、重力、容積、排水量など様々な要因が起因して起きる現象であり、船長はこれを力学的に心得なければならないのだ。


 浸水がなければ船は沈まない

 船は構造的に水密が確保されてさえいれば、ひっくり返ろうが沈むことはない。全ては水の浸水によって浮力を失い、その結果沈むのだ。

 水の浸水にも色々で、船底(水面下)に穴が空きそこから浸水することもある。船が急傾斜して船の側面から浸水することもある。

 浸水するということは浸水した水の量だけ荷物を積載したのと同じことだ。

 船は転覆することによって沈むのではなく、転覆して浸水することによって沈むのだ。このことを船長は理解しているだけでなく、常日頃から心得ておく必要がある。


 浮体のバランス

 船の力学を考えるうえで重心と浮心は大切なアイテムだ。重心(G)から下方向に働く力を重力といい、浮心(B)から上方向に働く力を浮力という。この重力と浮力のバランスがとれていないと正しく水上に浮くことはできない。当然のことながら、重心が浮心よりも下に位置するようなことがあってはならない。

 さて、これから考えなければならないことは、静止状態でのバランスではなく、傾斜状態でのバランスだ。波、風などの影響を受ける船の性質上、静止状態など皆無に近いのではないだろうか。

 そこで船が傾斜した状態でのバランスで、重心(G)は船の中心線上からずれることはなく、浮心(B)が中心線上からずれる。これは船が傾斜することによって水面下にある船体部分の形状が変わることによって起きる。この中心線からずれた浮心(B)と中心線上の交点をメタセンタ(M)という。

 船のバランスがとれているかどうかは、船の船底中央にあるキール(K)から重心(G)までの距離(KG)、キール(K)からメタセンタ(M)までの距離(KM)との差(GM)が正か負かによって具体的な数値として判断することができる。これによりGMが負ならば正常に浮いていることはできない。転覆だ。

 まれに「この船はGMが低そうだからシケているときは怖いな!」といっている方がおられるが、これで意味が解って頂けたことと思う。

 GMの基準に明確なことはいえない。GMが高いということは復原力が強いということであるが、逆に傾斜した時からの反動力も大きいので、言い換えれば「乗り心地も悪い」ともいえる。しかし、風波が強いときには「乗り心地」よりも安全性を優先したい。

 また、船型によっても変わるので一概にはいえないが、統計的に大型貨物船で船幅の4〜5%、小型ボートの場合はこれより大きいGMが良いといわれている。


 ボットムヘビーとトップヘビー

 GMが大きい船はすなわち復原力が強い船であり、このような状態の船をボットムヘビー(軽頭船)という。逆にGMが小さく復原力が弱い状態の船をトップヘビー(重頭船)という。

 ところでこのGMの算出というのは実際問題として小型ボートで求めるのは難しい。復原力の計算図面が無いうえ、小さな荷物や乗員の重量がGMに与える影響が大きいからだ。つまりGMは刻々と変わるのだ。

 航海中に自分の船がボットムヘビーにあるかトップヘビーにあるかを知るための1つの尺度として横揺れ周期で知ることができる。(あくまで1つの尺度として)  計算式は次のとおりである。

  P(横揺数)=TR(秒)×√g(重力加速度)/B(船幅)

 g(重力加速度)は=9.8m/s2 なので、あらかじめ自分の船の√9.8/Bを求めておき、横揺れ周期(垂直状態から左右に傾き、もとの垂直状態に戻るまでの時間)を測定し、P(横揺数)が8以下ならばボットムヘビーであり、14以上ならばトップヘビー、8〜14のあいだが正常な状態であるとみればよいだろう。

 繰り返し申し上げるが、これは航海中のものであり停泊中のものではない。また、これは単に1つの尺度に過ぎず、この数値が安全な状態であればそれで全てよしというものではない。


 軍艦や大型商船が簡単に沈まない理由

 大型船は、先に解説したことよりも更に厳密な計算を常に行い、刻々とバランスをとりながら航行しているため大きな間違いさえなければ転覆するようなことはない。更に構造的にも簡単に沈まないように建造されている。

 今やタンカーでは義務づけられるようになったが、大型船の多くは船の底が2重(2重底構造)になっており、船の底が破損しても内側のもう一つの底に守られている。更に船の前方から後方まで縦切りに水密区画構造となっており、たとえ船底の2枚が両方破損したり船の側面が破損して船内が浸水となってもその区画のみにとどまるような構造になっている。

 特に軍艦はその性格上、度重なる攻撃があっても損傷を極力最小限にくい止めるため、この区画が非常に細かくわかれており(多区画構造)少々の破損や亀裂では航行には影響がないことが多い。逆に申せば、構造を知らぬ者が軍艦や大型商船を沈めるなど至難の技といってもよいだろう。ではどうしてタイタニック号は沈没したのだろうか?


 タイタニック号の沈没

 古き時代とはいえ、多区画という船舶の構造については当時も変わりはない。この多区画構造が同時に裂けたのは一般的に予期し難い亀裂が生じたからだ。

 船舶はその部位によって鋼板の厚みが異なる。一番衝撃の強い船首(船の最全面)部は特に強固に建造されており次いで船底部だ。やはり座礁を含めた船底接触は可能性としては非常に大きく、また船の全体的な骨格的にも特に強度を持たせなければならない部分でもある。そして、一番強度を持たない、いや持つ必要がないところが船の側面だ。側面からの衝撃というものは通常考え難い。同時に波の衝撃も受けない。  当時タイタニック号は氷山に衝突し、側面を裂くように損傷を受けた。もとより強固につくられていない部位をまともに衝撃を受けるような格好となり、更に水密隔壁をことごとく破損してしまった。もうこれでは浸水を防ぐ手段がなければ他の区画の復原力に頼ることもできないどうしようもない状況だ。

 通常の航海で考えられる限り最悪の状況だ。

 これは大型客船で多数の死者を出した海難として歴史にその名を刻み、語り継がれてきたが、例えばこれが大型タンカーだったとしても大変なことになっていたことだろう。死者数は極端に少なくなるものの、損傷具合から考えてみても積載油はみごとなまでに流出したに違いない。死海だ。大西洋の真ん中ならば関係なしという方程式は存在しない。

 このタイタニックが受けた損傷や決定的な沈没原因は様々な説があり結論づけることはできないが、氷山との接触に関していえば半ば不可抗力であったと思う。ましてや今のような優秀な航海計器がなかった時代なら尚更のこと。但し、一つだけ付け加えるならば、あの時期にあの海域をどうしても通らなければならなかったのだろうかという根本的な選択に不信感を抱く。例え航海計器が発達した現代でもあの時季にあの海域を航行するのは大変危険であることに変わりはない。現実的に私自身も冬季の北大西洋を横断するときには随分と緯度を下げて航行していた。理由は氷山との接触を避けるために他ならない。人命には代えられない至ってシンプルな選択だ。

 そう、人命には代えられない至ってシンプルな選択なのだ。

 何にでもいえることだが、何か不測の事態が生じたときに、その決定的な部分を矮小化して論ずるのはよろしくない。やはり、根本的な誘発もしくは起因する理由があって、しかるのち結果ありだ。

 例えば、小型ボートが荒天下でエンジントラブルが発生しました。救援を求めました。間に合わず沈没しました。こんなことがあったときに、エンジンの整備はきちんとしていたのか?予備品は積んでいたのか?原因はユーザー責任かメーカー責任か?などと論ずるべきではない。なぜ出港したのかというものを考えるべきだと思う。エンジントラブルが発生したらたちまち生死に関わる荒天下にあったはずである。

 かねてから何度も申し上げているが、船長に必要な勇気は出港する勇気ではなく、出港を中止することができる勇気だ。タイタニック号の船長も多数の方に迷惑をかけようとも航路を替える(緯度を下げる)勇気が必要だったのではないだろうか。

 人命には代えられない至ってシンプルな選択のはずだったのに。
 船長の選択の誤り。これが真の船が転覆する理由だ。


 船を転覆させない為には

 余裕のある復原力を維持することが大切だ。そのためには重心を下げること。また、積み荷は動かないように固縛すること。先に触れなかったが、積み荷が船の中心線から極端に左右にずれると、KC、KM、GMのラインも中心からずれるので本来の船の固有機能が十分に発揮できず危険な状態となる。従って積み荷などの重量物は左右のいずれか一方に偏ることのないように十分な注意が必要である。

 これらが実務的な諸注意である。

 そして認識的な注意として、船は転覆することによって沈むのではなく、転覆した結果、浸水して沈むというこの違いは明確に理解すべきなのだ。転覆する以前でも船内に水の侵入を防ぐ為の注意が必要であることも忘れてはならない。例えば、あらゆるドアや窓は全て閉める、その他にも開口部は極力水の侵入を防ぐための必要な措置をとらなければならない。船内に侵入した水は全て積載物として考えるべきだ。しかも、侵入した水は遊動水であり自由面積も大きくタチの悪い積み荷と考えなければならない。


 三角波には気を付けよう

 復原力を確保するなどの対処対応は、ある程度規則正しく訪れる波浪に対する注意であるが、波の種類も様々で中には三角波と呼ばれる半ば手のつけようのない程の脅威的な波があることも知っておこう。

 いろいろな方向からの波が重なり合って大きな三角形の形をした波となることがあり、これを三角波と言う。この三角波は突然現れるため予測がつかないことが多く、しかも、下から突き上げられるように現れるため非常に危険な波であり、古くからこの三角波で多数の船が沈没している。

 この三角波が現れる有名な場所は千葉県の銚子沖で、利根川の水流と日本海流がぶつかり合うことで発生し、(三角波による)海難の名所でもある。

 河口、湾口や水路の合流箇所などは三角波が発生し易いので、陸岸の近くだからといって安心してはいけない。


 3大8小(波の周期)

 船が出港してから強い風波に遭遇して引き返そうと思ったときに注意しなければならないことがある。それは旋回するときだ。

 ボーティフィールドの読者の皆さんは横波がどれほど船にとって危険であるか既に十分理解されているはずだ。当然、荒天に見まわれても横波を受けながら航行するようなことはないだろう。しかし、どうしても横波を受けなければならないときもある。それは荒天下で旋回するときなど代表的なものだ。このときの旋回のタイミングというものを絶対に覚えておいて頂きたい。

 波は風によりある程度影響されるがおおむね規則的な運動をしており船乗りの言葉として「3大8小」というものがある。それは、小さい波が8回続くと継いで大きな波が3回訪れ、このサイクルを延々と繰り返しているのが所以だ。9th wave(9番目の波)とは大波のことを意味し、旋回するときなどは極めて重要な情報のひとつである。

 通常は9th waveのときに残る2つの大波を認識し、最後の11th waveの波頭で残る大波がないかを十分に確認ののち、旋回運動に入る。

 ある程度波が穏やかな状態になってから旋回運動に入っては既に遅いのだ。その後にくるのは大波だ。この大波がくるまでに旋回運動は終わるのか?180度も廻らなければならないのだ。

 荒天下で旋回するとき、一見同じような操船に見えても知っている者と知らぬ者ではその安全性において雲泥の差があることを認識しよう。

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