星座とギリシャ神話

1998年2月号 海の法規と知識 第40回
「星座とギリシャ神話 秋」より抜粋

中山隆一郎 著

 

 「お父さん、あれは何ていう星なの?」

 「あれか、あれは「デネブ」っていう名前の星だよ。あの星とその星をつないでこうやって見ると白鳥に見えるだろ。これを白鳥座っていうんだ。」

 懐中電灯から放たれた光の矢が天空を突き刺す。都会でこれだけ沢山の星くずを見ることなんてなかなかできない。だから私はキャンプが大好きだ。

*

 線香花火に火をつけるころになるとそろそろ花火もおしまいだ。花火の後片づけをした後、歌を歌いながら子供たちとテントに向かっていると、何かに気づいたように子供たちは空を見上げる。

 「お父さん、星がいっぱいだよ。」
 「ほんとうだね」
 8本の足はそこを動こうとはしない。4つの頭が呆然と夜空を見上げている。
 ....瞳の焦点が定まらない。
 ....視野が限りなく広い。
 ....星たちが放つ光は、子供たちの瞳の奥でも反射している。
 皮肉にも都会を表現する言葉の反対語が次々と羅列的に浮かび上がる。
 キャンプの夜、絵本も子守歌もいらない。満天の夜空という大きなスクリーンで星座伝説を語り合う。
 「お父さん、天の川ってどれ?」
 「天の川はあそこら辺の一帯を天の川っていうんだ。この星が「ベガ」、この星が「アルタイル」、「ひこぼし」と「おりひめ」ってこの星のことなんだよ。」
 「7月7日にこの星が動くんだね」
 「物語ではそうだけど本当には動かないんだよ。「ひこぼし」と「おりひめ」は16光年って言って、光の速さでも16年間かかるくらい遠くにあるから毎年くっつくのは無理だね」

 船で覚えた星座たち。かつては航海術として記憶にとどめていたものが今は家族たちと語らいのシナリオになるなど当時は夢にも思わなかった。いつしか自分自身も神秘の世界に入っていき、まるで天空を舞っているようだ。他人から見て自分はどう移っているのだろうか、成層圏からも自分を見てみたい、宇宙からも自分を見てみたい。子供たちと同じ視点で、同じフィールドで物事を考えている自分がそこにあった。

 「今度はお船から星を見ようね。360度何も無いところで水平線まで星が見えるんだよ。すごいんだから。」

 海という素晴らしいホームグランドを持つ本誌読者諸兄は実に恵まれた環境にあり、日頃から有意義な生活を送られていると思う。海は短文で書き綴れてしまうほど浅くはない。そんな海でより一層、有意義に過ごして頂くために、今回は星座について触れてみたい。


 秋の星座

 秋の星座は、ギリシャ神話の物語りに登場してくる人物や怪物が空で星座となって輝いているから実に面白いものだ。


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 ギリシャ神話

 古代エチオピアという国では、ある時大嵐がやってきて、人も家も海に飲み込まれ沢山の犠牲がでた。時の国王であったケフェウスはこの大嵐を沈めるためにどうしたらよいのかと神に訪ねたところ、神はケフェウスにこう返事をした。

「アンドロメダ(王姫)を海に生け贄として差し出しなさい。そうすればやがて海は静かになるだろう。」

 一人娘のアンドロメダを生け贄にするなんて、とてもそんなことはできない。

 しかしこのままでは国が滅びてしまう。

 ケフェウスは国を助けるためお后(カシオペア)とともに苦しみ、悲しみながらも一人娘のアンドロメダを生け贄に差し出す決意をし、アンドロメダは鎖で縛られたうえ、荒波がうち寄せる岩場にくくりつけられてしまったのである。

 可哀想なアンドロメダに対し、荒波は容赦なくうち寄せるがアンドロメダは身動きがとれない。もがき苦しんでいたところ、何やら海の中から出てきた。

 化けクジラ(ティアマト)だ。

 化けクジラはゆっくりと大きな口を開けながらアンドロメダに近づいて来るがアンドロメダは身動きがとれない。

 アンドロメダは死を覚悟した。

 するとその時、一頭の馬(ペガサス)がやってきた。この馬に跨っている勇敢な者こそギリシャの王子ペルセウスである。

 岩にくくりつけられた娘は今にも化けクジラに食べられてしまう。ペルセウスは考える間もなく自ら海に飛び込み化けクジラを退治しようとした。ところがペルセウスでさえひとのみにされそうな化けクジラの巨体は剣で戦ってもとうてい勝てそうにない。そこで考えたペルセウスは、この地に来る前に退治したメドウサの頭を化けクジラに突きつけた。

 このメドウサは気味の悪い怪物で、あまりの気味の悪さにそれを見たものは恐ろしくなって石になってしまうという怪物で、この地に訪れる前にペルセウスが退治した怪物なのだ。

 メドウサを見た化けクジラはたちどころに石になってしまい海中深く沈んでいってしまったのである。

 すると大嵐もおさまり、やがて静かな海へと戻っていったのである。

 危ないところで助けられたアンドロメダ。ペルセウスはアンドロメダの鎖を解き、国王のところまでアンドロメダを連れていった。

 国王、お后、国中あげて大喜びをした。

 国王はペルセウスに「代わって国の王様となって欲しい」と告げ、ペルセウスはアンドロメダと結婚し、永くエチオピアにとどまったのである。

 ここに登場する人物や怪物が、日本の秋の夜空で輝いている。


 アンドロメダ大星雲(M-31)

 アンドロメダ座の中にアンドロメダ大星雲というものがある。これは私たち銀河系に匹敵するほどの大きさをもつ一つの宇宙なのだ。またそのかたちも銀河系にそっくりであり、2000億個の恒星の大集団である。

 晴れて空気の澄んだ時ならば肉眼でもボヤッと見えることができる。

 200万光年の遙か彼方にある銀河系にそっくりの大宇宙。そこには地球と同じような星もあるのだろうか。それにしても200万光年といえば文字どおり天文学的数字で、光の速さでも200万年かかる距離。つまりはあのアンドロメダ大星雲の輝きも200万年前に放たれた光を今こうして見ている。今ごろアンドロメダ大星雲のある星でも銀河系の200万年前に放たれた光を私たちと同じようにこうして見ているのだろうか。


 星座を見るときにはまず北極星を探そう

 星座を見るときには船と同じように方位を知ることが大切なのだ。それを方位磁石に頼っても良いのだが、やはりここは自然の力を借りたほうがスマートだ。

 方位を知る上で重要なのは北極星を知ることだ。

 北極星は天の北側の軸の中心付近にあるので時間の経過とともに移動するようなことがない。よってこの北極星のある方向が「北」であると思って頂ければよい。

 また、北極星は方位を知るのみならず、北極星を見ている場所の緯度も解ってしまう。

 もし、北極で見ていたならば北極星は真上に見えるはずだつまり北緯90度だ。また、赤道の近くで見ていたならば北極星は水平線近くに見えるだろう(北緯0度)。

 日本で見た場合、水平線から35度くらいの位置に見えるはずだ。よって日本は北緯35度ということが解る。

 もし、ハワイやグアムなどの旅行にいったときは夜になったら部屋で酒ばかり飲んでないで北極星を探してみよう。だいぶ水平線近くに見え、自分が随分と南にいるんだと実感ができる。きっとこれが最高の酒の肴だと思う。

 話しついでに北極星と対照的な星を紹介しよう。それはサザンクロス(南十字星)だ。

 サザンクロスは南の天の軸の付近にあり、北極星と丁度対照的になる。オーストラリアなど南半球に済む方々は私たちが北極星を見ているのと同じようにサザンクロスを見上げている。

 残念ながら、日本からはサザンクロスを見ることはできない。グアムよりももう少し南に行けば、南の空に何とか見えるかなといったところだ。


 ペガサスで時間を知る

 ペガサス座の平行四辺形は大変便利である。それは一辺の長さが殆ど15度なのだ。感の鋭い方なら気づいたと思うが、15度といえば地球の自転では丁度1時間に匹敵する。

 まずペガサス座を探し、平行四辺形のうち一つの星を目印にする。例えばどこかの煙突の上あたりにその星が丁度見えるように自分が移動し、自分の立っている位置を覚えておく。1時間後、その位置から同じように先程の煙突を眺めると、平行四辺形の中の別の星が煙突の上あたりにある筈だ。

 これを逆に応用し、時間がどのくらい経過したかを推測することができる。例えばこんな感じだ。

 「あ、時計落としちゃった、どうしよう......」
 「今8時だろ、10時に帰れば大丈夫だよな」
 「そうだけど.....どこかに時計あるの」
 「ペガサスを見れば時計なんかなくても大丈夫だよ。1時間30分経ったら教えてあげるから心配するなよ」
 「あなた解るの?」
 「解るさ..........ということなんだ。」
 「へぇ、そうなんだ」
 「星の名前だけを覚えようとすると難しいんだ。ギリシャ神話は詳しい?」
 「わかんない」
 「あの星がアンドロメダって言ってケフェウスの一人娘なんだ。古代エチオピアの....」
 あとはごゆっくりどうぞ。


 自分で作る神話

 星座の並びから神話が生まれ物語りとして後生に語り継がれているのだが、どう見たって言い伝え通りに見えない星座が多々ある。だから星座に名前なんかついていたって覚えられないのだ。

 例えば北斗七星なんてどう見たって熊になんか見えない。せいぜい白鳥座がなるほどと思えるくらいだ。

 私に言わせればクジラ座はプロントザウルスに見える。プロントザウルスを追いかけてるのがティラノザウルス(アンドロメダ座)だ。空にはWIN(カシオペア)という文字ががこれ見よがしに輝いている。ヘルクレスは武豊が優勝して喜んでいるように見える。また、射手はK1で佐竹が回し蹴りしたところ空振りして転びそうになっているように見える。

 名付けて「秋の勝利者たち」。

 と、まあこれぐらい遊び心をもって夜空を見上げたいものだ。そうすれば星の並びなど直ぐに覚えられてしまう。

 神話には捕らわれずに自分で神話を作ったらよろしいのだ。神は心の中にいるとよく云うではないか。私は神を愚弄しているのではないが、私の神がいつも私にこう告げるから仕方がない。

 「自分で考えろ、甘ったれるな」と。

 私の神は少々厳しいのだ。

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