なだしお

1998年2月号 海の法規と知識 第43回
「雑種船を考える」より一部抜粋

中山隆一郎 著

 

 先日、私は新聞の切り抜きのスクラップブックを広げて、久しぶりに「第一富士丸」と潜水艦「なだしお」の判決記事を読み直した。

 約10年前の1988年7月23日、横須賀沖で海上自衛隊潜水艦「なだしお」と大型釣り船「第一富士丸」が衝突、三十人が死亡した事故は世間を騒がせた。

 裁判における結論を申せば、艦隊行動をとっていない海上自衛隊には航法における優先権はなく、一般船舶と同等と認めたうえで、「なだしお」側に過失があるという判決に至った。

 この事故でどのような判決が出ようともそれ自体には興味ない。どちらが悪かろうが死んだ人間は帰ってこない。裁判なんてどうせ建前論と一般論でしかものを語りはしない。

 そんなことより海をフィールドにする私たちにとって、公海上での振る舞い方、海上自衛隊の尊厳の尊重というものを深く認識しなければいけないと思う。

 戦後50年を経て、平和を当然と思うようになったのか、それとも日本国憲法により戦争を永久放棄した為か理由は定かでないが、自衛隊そのものの権威は日々落ちているように思える。

 まがいなりにも私は世界中を航海した。航海を重ねる度に自分が日本人であることを誇りに思えるようになっていた。誰でもそうだ。世界を股にかければ自国に対する愛国心がより深くなるのは当然だ。自分の故郷を誰だって大切にしたい。

 そんな愛国心の現れか、日本人の私にとってみれば日本の自衛隊は大変誇らしい存在だ。日本近海を航行中に日本の海上自衛隊と行き会えば敬意を表したものだ。儀礼的習慣というものは未だ海の世界には残っている。

 習慣的に、一般商船は艦船と行き会えば船尾(船の一番後方)のマストに掲げられた国旗を半分下げて敬意を示す。これに対して艦船は自船の艦旗または国旗を半分下げて答礼をし、商船は艦船が旗を元の位置に戻したことを確認した後、自船の旗を元に戻すということをする。

 これを「儀礼的旗章の敬礼」と言うのだ。

 それが「第一富士丸」の場合はどうだろうか。儀礼的旗章の敬礼どころか「法規上お前が避ける義務がある」といわんばかりに「なだしお」に突き進む。世界のどの国を見たって、自国の艦船と張り合う船など聞いたことがない。

 私にとっては裁判における判決よりももっと深い部分で考えさせられるべき事が多い事件であった。

 私は読者の皆さんに告げたい。

 皆さんはもやいを放したときに出港したのではなく出国したのです。
 なぜなら海は自由に世界を行き来できるからです。
 日本の領海を越えるかどうかはあなたの判断です。
 この海を越える術をあなたはもっている。
 海の上の法規は世界共通です。
 言語は違くとも世界中のシーマンが同じ法規を学んでいる。
 あなたは自身が日本で遊んでいるととんでもない勘違いをしてませんか?
 あなたが遊んでいるフィールドは世界なんです。
 ただ、日本の近くにいるというだけです。
 自分がどこそこ市民である。などと狭い視野を持たないで下さい。
 海の上では自分は世界の中の日本国民であると思って下さい。
 すれ違う船の国旗を見て下さい。
 様々な国の国旗が掲げられています。
 この景色は世界のどこに行っても同じです。
 それが海なんです。
 隔てるものは何もないのです。
 胸を張り、両手を広げて世界を相手に振る舞って下さい。
 それがあなた(シーマン)に課せられた義務です。

 あなたは日本にいるのではなく、日本の近くにいるだけなのです...............

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