星座と神話 夏

1999年7月号 海の法規と知識 第47回
「夏の星座とギリシャ神話」より抜粋

中山隆一郎 著

 

 夏は冬と比較すれば空気も澄んでいないので、冬のような美しい夜空を堪能できないが、逆に気分はアウトドアー的にもなるので、星空までの意識的な距離は短くなるだろう。

 ところで皆さん、この星座の知識は海とは無関係なのではと、お思いなってはいないだろうか。もし、そう思われているのでしたらそれは間違いである。海と星は切っても切れない縁。

 もし、この地球上から天体を眺めることができなかったとしたならば、コロンブスが世界をかけ巡ることは出来なかっただろう。よもやすれば現代においても地球が丸いことすら知らなかったかも知れない。恐らく文明の発展が大きく後ろ倒しになっていたに違いない。

 もっともその方が良かったのではないかという意見も見逃せないが.....


 現代の航海術は100%に近い割合で航海電子機器に頼っているのは明白である。GPSやレーダーのような航海電子機器は安全な航海を達成するために多大な貢献をしたのは確かな事実。しかしながらその反面で、機器や電力というものに対して過剰に信頼しているあまり、自己判断能力と推測能力というものは確実に衰退の一途を辿っている。

 これを愚妹な事実と考えるか、それともその逆と考えるかは個々の判断によるが、それの判断基準には少なくとも、航海電子機器に「頼った航海術」と「頼らない航海術」の双方を多少なりとも知っていることが最低条件である。

 長く本誌を読まれている読者の方々は、この最低条件をクリアしていると私は確信している。


 免許を取得された方が以後、ボートに乗り、もやいを放ったときから法的にも実質的にも船長という立場になる。船長は常に超原理主義でなければならない。理想的であってもいけないし、ましてや宗教的な判断などもっての他だ。

 そんな原理主義が要求される船長だが、その反面で人間的な魅力をも引き出すためには豊富な経験と知識が必要だ。

 天文とはその解答を出すためのヒントがある。


 夏の星座


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 夏の夜空といえば、七夕の織女(おりひめ)と牽牛(ひこぼし)と誰しもが最初に思いうかべるだろう。この織女は「こと座」のベガのことであり、牽牛は、「わし座」のアルタイルである。

 これら2つの星に「はくちょう座」のデネブを結んだ三角形が、ご存じ「夏の大三角形」である。いずれも非常に明るい星なので、繁華街の中でもない限り、首都圏でも十分に見えることのできる美しい星たちだ。

 昔から、7月7日の七夕にはベガ(おりひめ)とアルタイル(ひこぼし)が近づくという言い伝えがあり、童心だったころは誰しもがこの星たちが本当に近づくのだろうと思っていたことだろう。しかし、ベガ(おりひめ)とアルタイル(ひこぼし)は実際には16光年(光の速さで16年かかる距離)というとてつもなく離れているため、2人には可哀想だが日帰りで往復することは不可能だ。

 そもそもこの「七夕物語」は中国から伝わってきたものであり、ギリシャ神話には無い物語だ。ベガ(おりひめ)とアルタイル(ひこぼし)のイラストの格好を見ても東洋のものであることが良く判る。ドレスや洋服を着たベガ(おりひめ)とアルタイル(ひこぼし)などあったらそれはとんでもない間違いだ。

 一方、西洋のギリシャの言い伝えでは「こと座」(東洋でいうところの「おりひめ」にあたる)には、少々可哀想な神話があるので紹介してみよう。


 ギリシャ神話「こと座」

 昔、オルフェウスという琴の名人がいた。

 オルフェウスがかきならす竪琴(ハーブ)の音色は大変美しく、彼が竪琴をかなでると、野山の鳥や動物が皆集まってきては静かにこの音色に聞きいってた程である。

 ある日のこと、オルフェウスは最愛の奥さんと山を散歩していると、どこからともなく毒蛇が現れて彼の奥さんにかみついた。

 オルフェウスは懸命になって奥さんの看病をしたが、その甲斐なく、とうとう奥さんは亡くなってしまったのである。

 それ以来、オルフェウスは独り寂しく暮らしているのだが、どうしても耐えきれずに奥さんの行った先の地獄に行く決意をした。

 オルフェウスは「さんずの川」渡ろうとしたとき、案の定、鬼たちがやってきてオルフェウスにこう告げた。

 「ここから先は生きた人間の行くところではない、さっさと帰れ」。

 なかなかそこを通してくれない鬼たちに、彼は持っていた竪琴を静かに鳴らし始めた。それは悲しくもあり寂しくもある大変切ない音色であり、鬼たちはこの音色に心をなごませ、とうとう彼を通してしまった。

 「さんずの川」を渡ったオルフェウスは、周囲に目もくれずひたすら地獄に向かって歩き続けた。

 ようやく地獄にたどり着いたのだが、そこには大きな門があり、またしても門番の鬼が待ちかまえている。

 「何故ここにきた、ここから先に生きた者を入れる訳にはいかない。」

 彼は死んだ奥さんに合いたくて合いたくて仕方がないということを幾ら告げても鬼は聞いてくれない。そこで、彼はまた竪琴を取り出しては悲しくも切ない曲を弾き始めた。

 この音色を聞いた鬼は彼がかわいそうになり、門を開けてしまったのである。

 とうとう地獄に入ったオルフェウスは、地獄の王様がいる御殿に向かった。王様は高い王座に座っていた。

 オルフェウスは地獄の王様に、何とかして自分の奥さんを返して下さいと何度も何度も頼んだ。しかし王様は「死んでしまった人間を返せるか」と強いけんまくで叱りつけた。

 そこでオルフェウスは、竪琴を弾き始めた。今の自分の悲しくて、寂しくて、辛い気持ちを込めて、精一杯弾き続けた。

 美しい琴の音色に王様は心を和らげ、王様はとうとう彼の奥さんを返してくれくことにした。しかし、王様はその条件として、自分の家に着くまでに奥さんの顔を絶対に見ては行けないと申し告げた。オルフェウスも王様に家に着くまで絶対に奥さんの顔を見ないと誓ったのである。

 ようやく巡りあえた奥さんの手をしっかり握り、オルフェウスは奥さんとともに家に向かった。

 ところがいよいよ家に着こうとしているときに彼はあまりに嬉しくて、ついうっかり振り向いて奥さんの顔を見てしまったのである。

 王様との約束を守れなかったオルフェウス。二人の手は引き離され、再び奥さんは地獄の谷に引きずり込まれてしまったのである。

 オルフェウスは悔しがったが、自分の過ちである以上どうにもならず、ただひたすら泣き続けていた。

 すると、とうとうオルフェウスは気が狂ってしまい、独り山の中を彷徨いはじめた。ある川にさしかかったとき、彼も手に持っていた竪琴と一緒に身を投げて死んでしまったのである。

 この竪琴は川から海へと流され、いつの日か小さな島に打ち上げられた。風が吹くたびにこの竪琴はポロン、ポロロン、と悲しく鳴っているのである。

 この様子を天から眺めていた神様はかわいそうに思い、この竪琴を天に上げて星座にしたということである。


 はくちょう座

 はくちょう座は北の十字星と呼ばれ、天の川の上で大きく十字を描いている。大変解り易い星座である。

 はくちょう座の主星にあたるのが「デネブ」である。夏の大三角形の一つであるデネブだが他の2つの星と比べると多少小さい。

 小さいといっても、地球から1500光年というとてつもなく遠くにある星なので、実際の明るさは太陽の5万倍、大きさは太陽の100倍以上もある非常に大きな星なのだ。

 デネブとはギリシャ語で「おしり」を意味する。確かに「はくちょう座」のなかでもデネブは丁度おしりの位置になるのが良く判る。

 ところで、ギリシャ語で(他の言葉もそうだが)「デネブ」というとそれらしく格好よく聞こえるが、和文にすると何ともしまりが無いものだ。「ケツ星」とでも言おうか。

 そして、このはくちょう座の容姿だが、確かに白鳥にも見える、いや、関心するくらい白鳥に似てるのだが、著者の目では、酔っぱらいの中年おやじがお土産を片手にヒックヒックいいながら、ちどり足で赤ちょうちんから出てくるところのように見える。(自分を模写してる?)

 酔っぱらったときは夜空を見上げながら、「お〜、俺がいる!デネブよ、お前はおしりじゃなくて私の頭じゃ〜!がっはっは〜!」と繁華街で騒いで見るのもいいだろう。知的な酔っぱらいでなかなか素敵だと思うがどうだろうか。


 射手(いて)座

 射手座は皆さんもご存じの下半身が馬で上半身が人間のギリシャ神話に出てくるケイローンという人物である。

 しかし、下半身が馬で上半身が人間とは、単に星座の並びを見ただけで思いつくような話しではない。昔の人の想像力には脱帽する。

 この星座の中心にある6個の星は、実に北斗七星に似ている。この6個の星たちを南斗六星と呼んでいる。北斗の死に対して南斗は生をつかさどる。

 その他に注目したいのが、この射手座は天の川の中にあるわけだが、射手座の周囲は川幅が一番広く、周囲が白っぽくなっており、天の川の中でも一番綺麗なところでだ。そしてこの白っぽいところが銀河系の中心方向になる。そして、太陽はこの銀河系の中心を毎秒250キロというスピードで2億年かかってひとまわりしている。

 すごい、これぞまさに天文学的数字だ。このような話しを射手座のほうを眺めながら思い出して頂きたい。


 神秘なる海と星座

 この海の法規と知識で解説した星座やギリシャ神話は、あくまでもマリンライフをより楽しく充実したものにするためのもので、天文学的視点で星座を見たいのならば、専門書を買って、それを片手に山の上から双眼鏡で夜空を眺めた方がよい。

 心地よく揺れるボートの上で、波の跳ね返る音をBGMに夜空を眺めるのは、それはもう格別だ。そして心を豊かにする。

 それは難しいことではない。ただ、いつも眺めている人間の造りだした夜景から視点を変え、真上を見るだけのこと。そこには何光年という神秘の世界がある。そして下を見れば1万メートルを越す深海がある。現代工学の最先端技術をもってしても深海で遊び回ることはできやしない。そう、宇宙よりも遠い世界がそこにある。

 海には近すぎて見えないものが沢山ある。それを一つひとつ感じていくことができるかどうかが、あなたが真の海遊人であるかどうかの要としての指標になるのではないだろうか。

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