海の方言

1999年11月号 海の法規と知識 第51回
「海の方言」より抜粋

中山隆一郎 著

 

 水ぎわでは、陸上生活では馴染みの少ない会話が錯綜し、何を話しているのか全く判らないというような経験をお持ちの方は多いことでしょう。

 語源や用法は、その土地や方々によって多少ズレというものもありますが、それは方言ほど激しく異なる訳ではありません。

 今回は、この「海の方言」というものを一つのストーリー通して解説してみようと思います。

 

 まず、状況は、2人の友人同士がシーバス釣りにボートで行こうとしています。場所はマリーナでボートに乗艇しようとしているところから始まります。


「このポンツーン何か腰が弱いから危ないな。」

「そうなんだよ、トライエンジンだけで揺れるんだ。いつもラインがクリアしたら直ぐヘッドかけて逃げるように出ていくよ。」

「トモから乗るのか?」

「そう。デッキ滑るから気をつけてな」

「OK!」

ポンツーン

 浮き桟橋のことで、商船の貨物倉の上部にあるフタのようなものもポンツーンと呼んでいる。

 一応英語ではあるが、特殊な分野の言葉なので、フローティングピアと言った方が通じやすいのではないだろうか。

腰が弱い

 不安定であること。海では浮力と重力のバランスが適切でない状態を指し、更に専門的に言うとGM(グラビティとメタセンタ高さ)の距離が短い状態をいう。

トライエンジン

 エンジンを起動してから実際に出港する前に正常に動くかどうかをライン(もやい)を繋いだ状態で前進や後進のテストを行うことをいう。

 車と違い、ボートは一度ラインを放したらエンジンが正常に動かないでは済まされないので、必ずトライエンジンはしなければならない。

ヘッド

 ヘッドは正式にはアヘッ(ahead)、つまり前進を指す。逆にアスタン(astern)は後進を意味する。一般的な使われ方は、ヘッドとアスタンである。

 ボートから下船し、車に乗ったときに、つい「アスタンするからどいて」などと言ってしまうくらい、ボートではごく日常的に使われる言葉だ。

ラインがクリア

 ラインは係船索(もやい)を意味し、ラインがクリアとは、ビットやクリートなどの固縛具からラインが離れた状態である。つまり、ボートは風や波など外力でどうとでもなってしまう状態である。

 大型船の場合、ラインが水面から上がった状態で、初めてラインがクリアという。これは、操船者に対してプロペラを回しても問題ない状態であること教えるという意味で非常に重要なことなのだ。

トモ/オモテ

 船用語で、船の後部をトモという。一方、前部をミヨシというのが正式名称だが、何故か前部はオモテという呼んでいる方が殆どで、もし、オモテのことをミヨシと言ってしまったら、「何だこの人は?」と思われるので気を付けよう。ただし、一部の釣り船や漁船では、オモテのことをミヨシという船もあるらしい。

 また、船の前後のことをオモテトモとは言わずにトモオモテという。理由は定かでないが、恐らく言い易いからではないかと思う。

デッキ

 これは甲板を指す英語。デッキも厳密には各部により正式名称があり、ロワーデッキ、メインデッキ、アッパーデッキ、スカイデッキ、コンパスデッキ、etc...などと沢山の種類がある。


「シングルアップするの手伝ってくれよ」

「了解。オモテはイッテコイでいいのか?」

「あー、それで頼むよ」

「ポート側は全部レッコするぞ」

「サンキュー!」

シングルアップ

 ボートが出港する寸前に、最低限のラインを残して他のラインは放した状態をいう。つまりいつでも出港できる状態である。

 シングルアップの状態は、その船の大きさによりまちまちだが、一般的に、ボートの場合、トモとオモテから1本づつラインが出ている状態をシングルアップという。

イッテコイ

 ラインを繰り出した側と固縛する側とが同じ状態。つまりラインが「行って、来い」なのだ。

 これは、ボートが出港するときに、ボート側でラインを放し、それをそのまま引き上げることができるので、陸上に誰もいなくても済むので、シングルアップにするときはこのようにイッテコイにする場合が比較的多い。

レッコ

 レッコは英語である。LET GOと記述するのだが、意味は非常に幅が広く、放すという類のことは味噌クソにレッコという言葉を使う。ラインをレッコしてといえば、ラインを放してと解釈し、ゴミをレッコしてといえば、ゴミを捨ててと解釈する。お前レッコするゾと言えば、お前を海に突き落とすゾという意味なのでこれは立派な脅迫罪である。

 なお、レッコは世界中の船乗りやボートマンに通じる共通語である。


「今日は凪がいいな。そろそろ4/4(4分の4)にするか」

「お、のってるな。ところでポイントに着いたらドリフティングするのか?それともアンカリングするのか?」

「そうだな?今日はシーバスだからドリフティングで行こうぜ。このまえバラスト調整したから結構安定してるしな?」

「ところで、あの辺りは浅いから気を付けろよ。この船は結構アシ入ってるしな。それにローリングもきつくなってるぞ」

「トップヘビーよかマシだよ」

「それもそうだな」

4/4

 船はエンジンの出力を4種類に仕分ける。

 ・1/4 デッドスロー(極微速)
 ・1/2 スロー(微速)
 ・3/4 ハーフ(半速)
 ・4/4 フル(全速)

 先に解説のAHEADやASTERNと併せて、フルアヘッ、フルアスタンという使い方をする。(この場合に、フルヘッドとはいわない)

 また、ハーフ(HALF)とは言葉の意味とは異なり、1/2ではなく3/4を意味するので気を付けよう。

ドリフティング/アンカリング

 ドリフティング(Drifting)とは、日本語で「漂泊」と言い、エンジンを止めた状態で水面を漂っている状態を意味する。これと比較して、アンカー(錨)を水中に入れて、その場所を動かない状態をアンカリング(Anchoring:錨泊)という。

 この分別は重要で、法的にも、アンカリングしている船は「停泊灯」をつけなければならないし、ドリフティングしている船は「航海灯」をつけなければならない。つまり、他の船から見て、速力とは無関係に、動ける船かそうでない船かの判断材料として大切なことなのだ。

 アンカリングの船は物理的に動くことはできない。一方、ドリフティングしている船は単に推進力(対水速力)が無いというだけで動ける状態にある。つまり、ドリフティングは停泊中ではなく航海中と解釈するのである。

バラスト

 船のバランスを取るための錘(おもり)のこと。

 このバラストには固定バラストと水バラストがあり、一般にボートで水バラストを使うことは殆ど無い。

 重心の調整やヒール(傾き)の調整などに使われ、その性格的にもバラストは船の最も低い位置にある。

ローリング/ピッチング

 船の揺れ方を指す言葉で、ドリフティングしているときなど、ボートは横方向にゆらゆら揺れるので、このような横揺れをローリングという。一方、荒波を航海しているときにバッシャン、バッシャンと波頭を叩きながらボートが縦方向に揺れることをピッチングという。

トップヘビー/ボットムヘビー

 重心のバランスで、重心が高い位置にあり復原力が弱い状態をトップヘビーといい、逆に重心が低い位置にあり復原力が高い状態をボットムヘビーという。

 荷物や人などがボートの中でも高い位置に多くあるとトップヘビーになるので、荒天時などはトップヘビーにならないように十分注意しなければならない。かといってボットムヘビーだと復原力が強すぎて揺れが激しく乗り心地が悪いという欠点もある。

 大型客船などは、乗り心地を重視するためにあえて復原力を弱くし、波が高くなると、水バラストをバラストタンクに注水し、復原力を強めたりしている。

 客船ともなると乗組員も結構大変なのである。


「しかし、ここは随分とホンセンが通るな。」

「ホンセン航路沿いだからな。」

「ところでホンセンは何で名前に丸を付けるんだ?」

「そりゃ全体的に丸っこい形してるからだよ。」

「うそつけ!」

「おい、北風少し強くなってきたからすこしノボルぞっ」

「えっ、西風だろ?」

「北だよ、コンパス見てみろよ」

「あ、本当だ。」

「それに北極星があそこに見えてるだろ。少しはボーティフィールドでも読んで勉強しな。」

「何だそりゃ?そんな本聞いたことないぞ?」

「ごちゃごちゃ言ってないで、アスタンかけるから竿あげてくれ。」

「OK!」

ホンセン(本船)

 大型船のことを本船という。本来、本船とは「自分の船」のことを指すのだが、どういう訳か、ボート界では、大型船のことをホンセンと呼ぶ。

 (無責任だが)理由は私には判らない。

 なお、ホンセン航路とは、大型船が通航する航路を意味する。

 これは日本国がそうしなさいよと言っているからである。

 一般船舶はなるべくその末尾に丸の字を付せすべし。という規則が存在し、その慣例に習っていた為で、その理由は艦船と商船を仕分けていたことからなる。しかし、現在では末尾に丸を付ける船も随分と少なくなってきた。

 そもそも、それが何で「丸」なのかというと、これは様々な説があり、古く日本人の名に「麿」という文字が使われており、それが時代の経過と共に訛り、次第に「麿」が「丸」になったいうのが一番有力な説だ。

ノボル/クダル

 風上に向かって進むことをノボル(上る)といい、風下に向かって進むことをクダル(下る)という。また、オモテ方向に進むときにもノボルと言い、逆にトモ方向に進むときにはクダルという使い方もする。

ボーティフィールド

 有益な情報を提供するボート専門誌として現在最も注目されて媒体である。..らしい。

Homepage へ戻る

INDEX へ戻る


全国の書店で発売中 \800
発行:株式会社マリンネットワークス
〒102-0074 東京都千代田区九段南4-3-4
TEL 03-3239-9491